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花井お梅(明治一代女)wiki風まとめ! 茶屋女将の事件・その後は?【初耳学】

こんにちは! 管理人の悠木です。
7月22日放送「林先生が驚く 初耳学!」では、
『スキャンダル日本史』のコーナーにて
「待合茶屋」の美人女将のエピソードが紹介されるそうですね。

 

待合茶屋の女将と言うと、
小説や歌、新派(演劇)だけでなく
のちに歌舞伎化までされたという
有名な「花井お梅」のことだと思われます。

 

今日は、明治を生きた女性「花井お梅」について
事件の経緯やその後についてwiki風にまとめてみました!

 


 

花井お梅


出典:wikipedia

 

1863-1916(明治-大正時代)
文久3年生まれ。下級武士の娘として生まれましたが
幼いころに養子に出され、新橋で芸者として身を立てます。
銀行の頭取だった客の援助を受け、
若くして日本橋浜町に待合「酔月楼」をオープン。

 

その後、お梅は24歳のとき、
自分の箱屋(付き人のようなもの)として雇っていた
峰三郎を浜町の河岸で刺し、逃げた峰三郎が死亡してしまいます。
お梅は自首しましたが、無期徒刑となり投獄されます。
刑務所から解放されたのは15年後のことでした。

 

その後、汁粉屋を開いたり小物屋を開いたりして
生計を立てていました。
釈放されて2~3年後には旅廻りの
芝居巡業の一座に加わり、
自分の殺人事件を題材とした舞台で
自ら「峰三郎殺し」の場面を演じていたそうです。

 

これは何というか……
話題性はありそうですし、何よりこれ以上ないほどの
説得力と迫力があったことは間違いなさそうです。
何せ本人が演じていますからね……。

 

その地方巡業も、最終的には引退して
もとの芸者に戻り、大正5年に肺炎で逝去しました。
享年54歳で、死の前日には医者に対し
『何事も覚悟しました。罪も悔い改めました』と告げたそうです。

 

最も有名なのは『明治一代女』という新派(演劇)の作品で
歌舞伎では「月梅薫朧夜(つきとうめかおるおぼろよ)」と呼ばれ、
事件を題材とした映画作品はなんと7本も作られています。

 

当時から相当センセーショナルな事件として
新聞が取り上げ、各所でさまざまな憶測が飛び交い
世間の注目を集めていたらしいですね。

 

何より殺人事件を起こした犯人・お梅が
とても美人だったことが世間の目を引いたようです。
お梅の公判には、お梅の美貌を一目見ようと
2,000人もの人が集まったそうとか。

 

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