ワークナー・デレセ・タソ(拓殖大・箱根駅伝前主将)wiki風経歴まとめ! 進路は?【YOUは何しに日本へ】




デレセ選手と監督との絆

デレセ選手を指導していたのは
拓殖大学陸上部の岡田正裕監督。
デレセ選手が「日本のパパ」と慕う人物です。

留学当初、実はデレセ選手はかなり伸び悩んでいました。
エチオピアと日本では競技環境や
練習量に大きな差があったせいもあって
1年目の夏まではなかなか成果が出ず、
大学側から疑問を持たれることもあったとか。

全日本の予選会では日本人選手にすら先着を許したことで
監督はデレセ選手を叱責しますが、そこでよく確認してみると
エチオピアでは日本とはまったく違った練習をしており、
トラックレースは走ったこともなかったんだそうです……!

それだったら結果が出ないのも道理だなぁと
思ってしまいますよね……。

結果が出ず、練習にもなかなか適応できなかったことで
何度か「帰りたい」と苦しんだこともあったようですが、
そんな中でもデレセ選手のことを評価していた
監督が、彼のことをしっかり見ていてくれたんだそうです。

監督曰く、デレセ選手が実力を発揮できなかったのは
「とにかくレースの経験が無かった」から。

陸上の経験者すらいない環境で
いままで走ってきたわけですから
来日して生活にも言葉にも慣れない中、
結果を出すのはそりゃあ難しいですよね。

監督は箱根駅伝についての
とあるインタビュー記事で当時のことについて
「素材的にはいいと確信していました。
夏合宿を乗り超えられれば、変身する、と。
大学には『9月まで待ってくれ』という話をしたんです」
と語っていました。

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故障も多かったというデレセ選手を
励まし続けたという岡田監督。
監督の想いに応えるようにして
デレセ選手も徐々に結果を出していき、
ついにはチームの主将に推薦されるまでに成長しました。

はじめは「だめです、日本語出来ません」と
固辞したというデレセ選手ですが
チームメンバーの暖かい声援や
監督の後押しもあり、主将となることを決めました。

その性格は監督曰く「日本人より日本人らしい」とのこと。
監督に率先してお茶を出してくれたり
食器の片付けも率先して行う気遣いの心を高く評価していたそうです。

そのためか駅伝ファンからも人気が高く
今回の放送を楽しみにしている人の声も多く見かけました。
今後の活躍も応援していきたい選手ですね。

デレセ選手の進路はどこ?

デレセ選手は今年大学4年生。
卒業後の進路が気になるところですが、
情報によると進路は「ひらまつ病院」なんだそうです。

ひらまつ病院では「地域に元気を与える」ことを目的に
スポーツ活動に力を入れており、
陸上部もしっかり存在していました。

デレセ選手は社会人になったらマラソンに挑戦し、
東京オリンピック代表入りを目指すんだそうです!

東京オリンピックで彼の活躍を見られる日が来るのが
とっても楽しみですね!
以上、「YOUは何しに日本へ?」で特集された
「箱根駅伝YOU」ワークナー・デレセ・タソ選手のまとめでした!

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